« 中間法人法案・共同法人制度創設要綱 (法務省) | メイン | 与党三党合意 »

2001年03月05日


「公益法人改革―求められる視点―/太田達男」


 平成13年3月2日付の読売新聞「論点」欄に、太田達男(財)公益法人協会理事長の主張が掲載されました。

 ケーエスデー中小企業経営者福祉事業団(KSD)事件及びこれに端を発した政府による公益法人指導監督強化策に触れた内容です。

 主張では、例を引きつつ、約2万6,000の公益法人の大半は「不良法人」と無縁であることをまず強調、次いで、不祥事の原因の一端は、法人の運営に当たる理事者に「受益者である社会、一般国民のためにその運営にあたらなければならないという基本的な認識」が欠落していたことにあると指摘、さらに主務官庁の責任にも言及した上で、今後のあり方として、「公益法人は、最高の透明性と説明責任が要求されるとの前提に立ち、情報開示を徹底して、受益者たる国民が事業を評価できるようなシステムを構築しなければならない」「その一方で、公益法人の設立を、主務官庁による許可主義から、一定の基準に合致すれば自由に設立できる準則主義とすることなども検討すべき」などと述べています。

 太田理事長によれば、「公益法人の事件が起きると、なぜかいつも公益法人制度は不備、規制強化、という議論になる。これは短絡的でおかしな議論だ。99%の法人は地道に公益活動にまい進している。規制強化で本来の活動が萎縮してしまっては本末転倒、というべきだろう。今まず必要なのは、21世紀市民社会における公益法人と制度についてのグランドデザインを真剣に考えること。それを言いたかった」と。全文は次のとおりです。


-------------------------------------------------------------------------------------------------------------

▼平成13年3月2日読売新聞「論点」から


「公益法人改革 求められる視点/太田達男」


 公益法人問題が社会の大きな関心を集めている。特にケーエスデー中小企業経営者福祉事業団(KSD)という財団法人の乱脈な運営と政治との不明朗な癒着が、今国会で大きな政治問題となっている。

 政府はKSDを含む公益法人全般について、3月末までに総点検を行い、再びこのような不祥事が発生しないよう指導監督を強化すると報じられている。だが、約2万6,000の公益法人の大半は、こうした「不良法人」とは全く無縁であり、その設立の根拠法規である民法34条の精神にのっとって、教育、学術、国民福祉、国際交流、生活環境等の向上を目的として、公益のために活動を続けていることを忘れてはならない。

 例えば、千法人を超える奨学財団による奨学金は多くの日本人学生や海外からの留学生の支えになっている。また、自然科学研究に助成してきた助成財団が戦後果たしてきた役割はだれしもが認めるところだ。

 家族介護者への支援事業も、最初に採り上げたのは財団だった。公益法人が社会に貢献している事例を挙げればきりがない。KSDやその他不祥事を起こした公益法人も元来そのような性格のものとして設立されたはずだ。

 財団法人は篤志家の寄付による財産を元手とし、また、社団法人は志を同じくするボランタリー(奉仕的)な市民の集まりとして社会で大きな役割を果たしている。

 それでは、一部とはいえ、なぜ問題のある団体が発生し、長年にわたり放置されたのか。

 原因の一端は、これらの公益法人の運営にあたる理事者が、本来受益者である社会、一般国民のためにその運営にあたらなければならないという基本的な認識を欠落させていたことにある。米国では、理事のことをトラスティー(受託者)と呼ぶことを想起すれば、何が原点であるかは明白だ。

 長年にわたり事態が放置されたことについては、主務官庁の責任もある。公益法人は毎年度、事業計画、事業報告書、予算、決算などの書類を主務官庁に提出する。また、主務官庁は所管公益法人へ随時立ち入り検査もできる。公益目的を逸脱した事業の実施や不明朗な資金支出を見破ることは決して難しいことではなかったはずだ。

 欧米においては非営利公益組織のことを第三セクターと呼ぶ。すなわち社会は、政府(第一セクター)、営利組織(第二セクター)と、非営利公益組織(第三セクター)から成るというとらえかただ。第三セクターは政府や営利法人がその性格上、直接なしえないが、社会の向上のため必要な公益的な事業を分担する重要不可欠な存在として認識されている。

 公益法人制度が創設されて百年余り。21世紀の公益法人は非営利公益組織の一員としてどのような組織であるべきか。

 まず、公益法人は、最高の透明性と説明責任が要求されるとの前提に立ち、情報開示を徹底して、受益者たる国民が事業を評価できるようなシステムを構築しなければならない。これにより真に公益的な法人と、一部の問題のある法人との識別が可能になる。

 その一方で、公益法人の設立を、主務官庁による許可主義から、一定の基準に合致すれば自由に設立できる準則主義とすることなども検討すべきだ。こうしたことが、公益法人が本来、市民社会において果たすべき役割を促進させるグランドデザインとなるのではないか。

 公益法人を一律に問題のある存在と決めつけ、単に規制を強化するだけでは、小手先の対策に終わる可能性が高い。この機会に、公益法人制度の原点に立ち返り、民と官が真剣に見直しに取り組むことこそ、不祥事を二度と起こさないようにするために不可欠だ。