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2020年1月


福沢諭吉と渋沢栄一

鈴木勝治((公財)公益法人協会 副理事長)

1.昨年は、スポーツの世界では、ラグビーワールドカップ2019日本大会の開催や
  ゴルフの渋野日向子の全英女子オープンでの優勝等、明るい話題に事欠かない1年
  であった。
  しかし、政治や経済の世界では、大国のエゴ丸出しの行動や全世界的な経済の停滞等
  好ましからざることが次々と出現した。
  就中当局の発表やマスコミの記事におけるフェイク・ニュースの横行は、世界の劣化を
  如実に顕わしたものであり、オーバーにいえば、この世の中はどんどん悪化して行き、
  やがて滅亡するのではないかという感じさえ抱かせるものであった。
  特に、年末から年初にかけての中東における戦争紛いの事象は、心胆を寒からしむるに
  充分なものであった。

2.こうした中にあって、この方面において、我が国のある意味でささやかではあるが
  明るいニュースとしては、現在の1万円札の表紙となっている福沢諭吉の肖像が、
  渋沢栄一に近々変わるという決定が昨年にあった。
  いうまでもなく、それぞれの国の紙幣の表紙を飾る人物はその国を代表する人であり、
  その人の地位や功績のみによるものではなく、その国の文化や価値観をも表すものである。
  福沢と渋沢についていえば、約150年前、極東の眇たる小国であった日本が、現在は
  やや衰えたといいながら、世界の大国に何とか渡り合っていき、豊かな社会を築くと
  ともに、ある程度の尊敬を受ける存在となっているのはこの二人に負うことが大きい。
  福沢の場合は、教育・言論や複眼主義という新しいものの見方や考え方において、
  渋沢の場合は、合本主義を通じた民間の営利会社による近代産業の興隆や民間外交・
  公益活動により、両者が日本を物心両面から豊かにする基礎を作ったといっていいで
  あろう。

3.福沢諭吉と渋沢栄一は、略々同年齢といってよく、前者は1834(天保5)年、
  後者は1840(天保11)年生まれであった。
  下級武士と上層農民という出自の違いはあるが、明治維新前後の一身にして二世を
  経るが如き激動の時代の中で大きな活躍をしたが、共通する点は次の三点であろう。

  (1)一度は幕府乃至は新政府に就職するものの、自分の考えや理想を実現するために
    敢然と官を辞し、民間の一市民として生涯を全うしたこと。
  (2)私の利益を省みず、世の中のためを専ら考えて行動するとともに、正論であれば
    政府や世間を慮ることなく主張したこと。
  (3)理屈のための理屈に固執することなく、物事に対し柔軟な対応を行い、嘘をついたり
    (フェイクを流したり)権謀術数を弄さなかったこと。

4.上記のような思想と行動の背景には、二人が幼少の時から勉学に励んだ儒教の影響が
  あると考えられる。
  福沢の場合は「門閥制度は親の敵で御座る」という反面教師として、そして渋沢の
  場合は「論語と算盤」に象徴される経済と道徳の合一の教えとしてである。
  この辺りについては、各種の書物や学者の解釈も色々あり、筆者などが言及する
  限りではないが、逆に二人に共通する儒教に由来するものとしては、人間の道義乃至は
  人に対する恕(愛)が存在し、それを生涯にわたり一貫したことが、日本における
  好ましい指導者の人物像として万人が認めることとなったのではないかと思われる。
  道義乃至は恕(愛)なしでは世は立たずということであり、殺伐とした現在の世の中に
  おいては、一段と心暖まることである。

  *本稿については下記の著作を参考にしました。
   北岡伸一著『独立自尊 ―福沢諭吉の挑戦』(講談社、2002年)
   丸山眞男著『福沢諭吉の哲学 他6篇』(岩波書店、2001年)
   西部 邁著『福沢諭吉 ―その武士道と愛国心』(文藝春秋、1999年)
   山本七平著『近代の創造 ―渋沢栄一の思想と行動』(PHP研究所、1987年)
   鹿島 茂著『渋沢栄一 1 算盤編』(文藝春秋、2011年)