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2019年3月


“声をあげよう”

 (公財)公益法人協会 副理事長 鈴木 勝治

ご高承の通り、公益法人協会は、(公財)さわやか福祉財団ならびに(公財)助成財団センターとの共催により、昨年の12月4日、新公益法人制度施行10周年を記念したシンポジウムを行い、そこで、①財務三基準の改正、②公益法人の各種申請手続等の簡素化、③情報公開の拡充と拡大を希求して大会宣言を採択した(*)。
これに基づき、当協会は共催団体ともども、現在関係方面へ説明旁々お願いに上がっているところである。

その時の反応は色々あるが、ア.大賛成であり支援しましょうといってくれる人、イ.税制の恩典を受けているのだから、ある程度の制約は仕方ないのではないかという人、ウ.全く関心がなく、初めてこのような動きを知ったという人に大別される。

アとイの反応については、賛成であれ反対であれ基本的には事実を認識していただいているので、議論や要請・説得を行うことができる。
しかし、ウの反応については、そもそも論からはじめなければならないので、大変な労力や作業が必要となる。

この場合、我々が戒めなければならないのは次のようなことであろう。

一つ目は、公益法人関係者は、自らは公益目的事業という国民の福祉や利益のためになることをやっているのだから、周囲の人はそのことを知っているべきであり、自分たちの考える論理は一般的にも正しく、世間の人達は当然それを了知して支援すべきであると考える独善的な風潮である。

しかし、世の中は広く複雑であり、かつ色々な事業や活動が行われていることから、自らの存在や活動を積極的にPRしないと人には知られない、あるいは記憶されないということを忘れがちである。
嘘も100回言えば真実となると言われるが、逆に言えば本当のことや良いことであっても広く世間に言い続け、訴え続けないと納得してもらえないばかりか、記憶されない、あるいは忘れ去られてしまう危険がある。

二つ目は、日本の場合、慈善活動や公益活動を行っていてもそれは陰徳であって、それを世間に広言すべきではないという美徳が古くから存在する。そのために、どのようないいことをやっていても大々的にPRすることを嫌う人が多い。

したがって、上記一つ目のような事態に陥らないように、日頃から広宣をすべきと言ってもそれに消極的であったり、世間からもあまりにPRする人や団体は胡散臭いと認識されかねないことを恐れてしまう。
しかし、現在のような情報の洪水の中にある社会において、知る人ぞ知る、少数であっても知っている人がいればそれで十分であるという態度では、世間からは埋もれてしまう危険性がある。

三つ目は、したがって無暗な広宣活動は行わないとしても、公益法人や公益活動のことについて一定の水準の行動や働きかけは常に行うべきであると思う。

幸い前述のシンポジウムで、参加者全員の賛成により、大会宣言が採択されたこともあって、世間に知られるようになっている現在、関係者や友人・知人に会う毎に声をかけるということは、大切なことと思われる。
おとなしい紳士の集団と言われて久しい公益法人界ではあるが、ここは恥ずかしがらずに、一つ声をあげてみようではありませんか。

  *本大会宣言は、「公益法人制度改正提言に関する報告書」として取りまとめております。
   報告書の全文は、http://www.kohokyo.or.jp/kohokyo-weblog/non-profit/2018/12/_1127.html