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2018年5月


「老いた幼児」にならないように

高橋 陽子((公社)日本フィランソロピー協会 理事長)

最近刊行された、内田樹氏編著の『人口減少社会の未来学』(文藝春秋、2018)によると、2024年には3人にひとりが高齢者となるようだが、氏曰く、人口減少が問題というより、外側は老人で中身はガキという「老いた幼児」が多くなることが問題だというのだ。
数年前、ある評論家が「団塊の世代の特徴は、過度な経済志向と個人主義という名の下の私生活主義だ」ということを言っていたことを思い出した。
筆者も団塊世代のしっぽにいるので、自己批判を込めて考えてみると、敗戦後の価値観の変化により、家より個人、義務より権利、もっと豊かに、もっと便利に、そして我々は最大のマーケット、という日常的な雰囲気の中で育った。
そして…今。
学生時代、マズローの欲求5段階説というものを学んだ。
ご承知の方も多いと思うが、人間の欲求には5段階あって、生理的欲求、安全への欲求、社会的(帰属)欲求、尊厳(承認)欲求、そして自己実現欲求となる。
まさにこの自己実現をめざして駆け抜けてきたのが団塊の世代かもしれない。
定年を迎え、さて、関心事はといえば、趣味や旅行、健康、ボランティアも含め、自己実現欲求への階段をまだまだ上っている。

1991年から民間の公益活動に関する仕事に携わっているが、当初は社会貢献やボランティアは奇特な人がするものだった。
しかし、最近は、新聞にも日常会話にもあたりまえに出ており、市民権を得てきたことを実感する。
ただ、社会課題もどんどん深刻化、複雑化しており、自己実現型活動では間に合わないのも現実である。
このところ、関心が高まっているSDGsだが、めざすべき「誰も置き去りにされない社会」を実現するためには、相当の覚悟ある取り組みが必要となる。
Win Win など言っている場合ではない。
皆が持ち出しながら取り組まなければ、と思う。
そして、今、マズローが生きていたら自己実現が最終段階とは言わないのではないか。
実は・・・・・。
マズローは、第6段階を考えていたのだそうだ。
それは自己超越(コミュニティの発展)だとか。
マズローさんはやっぱり偉かった、と自分の不勉強を棚に上げ、膝を叩いた。
亡くなる直前に、それを公表したらしい。
ロシア系ユダヤ人である彼がアメリカで生きていくための制限があったのかもしれない。
いずれにしても、とても納得している。

さて、これからの高齢者の中核をなす団塊世代。
同書の中で、「経済活動の本質は人間の成熟を支援するためのシステム」だと指摘している。
では、なぜ、戦後日本人の経済活動は、市民的成熟と結びつかなかったのか? 
そのあたりについては、是非、同書をお読みいただきたい。
高齢者1年生の団塊世代の人たちには、マズローの理論を待つまでもなく、「老いた幼児」ではなく、
地域のため、次世代のために尽くす「かっこいい老人」の姿をめざし、その仲間を増やしてほしいと切に願う。
自己実現の捉われから解放されると、人生、下り坂も案外おもしろいかもしれない。