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2017年12月


「社会的課題の解決」と「社会的価値の創造」

山岡 義典((公財)助成財団センター理事長、(特活)市民社会創造ファンド運営委員長)

公益法人や特活法人などの民間非営利組織の役割が、「社会的課題の解決」にあることは言うまでもない。しかし同時に「社会的価値の創造」も大きな役割だ。

後者は特に何か明確な社会的課題があるから取り組むわけではない。
恐らく直ぐに何かの役に立つわけでもない。

しかし、「こんなものをつくりたい」、「こうなったらいいな」、「こんなこともできそうだ」、「こんな社会になるといい」、「このままで本当にいいんだろうか」、「これだけは守らなければ」、「これだけは今やっておかなければ」、「これだけは絶対にやってはいけない」、そんな様々な思いから発する、よき社会を創り出そうとするさまざまな施策や試み、すなわち「社会的価値の創造」につながる営為は重要だ。

その中から、やがて何か物凄いものが生まれるかもしれないし、何も生まれないかもしれない。
しかし大小さまざまな思いに支えられた活動が、いくつも生まれて影響しあい蠢きあう社会は、何と素晴らしいことか。それのない社会はワクワクしない。退屈だ。

このような価値創造の活動は、誰かが勝手にやればいいともいえるし、誰かがパトロンやスポンサーになればいいともいえる。
しかし、やはり社会全体がそのような活動を応援する雰囲気が欲しい。本当は誰でも、そんな雰囲気の中で人生を過ごしたいと思っているはずだ。

この「社会的価値の創造」という役割を、「公益性」の重要な柱として再認識すべきではないか。
民間非営利活動の議論が、余りに「社会的課題の解決」という役割にシフトしていることを、私は寂しく思う。

少し極端に言い過ぎたかもしれないが、実は民間非営利活動の殆どは、その比率はいろいろ
あれ、これら双方の役割を併せもっている。本当に優れた永続性のある「社会的課題の解決」
には、その背景に「社会的価値の創造」が潜んでいる。それを孕んでいる。一方、「社会的
価値の創造」を目指した試行錯誤の積み重ねは、恐らくいざというときの「社会的課題の解決」
に大きく役立つに違いない。

このような関係性も含めて、公益性の論理を「社会的課題の解決」という側面からだけでは
なく、「社会的価値の創造」という側面からもっともっと議論しないといけない。
そうしなければ、民間非営利の世界は、やがて痩せ細った魅力のないものになってしまう。

最近つくづくと感じる思いを記したが、舌足らずの生半可なコラムになったかもしれない。
ご容赦いただき、もっと明確な論議に、皆さんで挑戦していただければありがたい。