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2017年10月


公益ということ

鈴木勝治((公財)公益法人協会 副理事長)

10年程前になるであろうか、当協会のある研究会で改めて驚いたことがある。
それは「公益」というものの本源的乃至は本質的な定義がどこにも書かれていないことであり、それにも拘らず、全ての人がある事柄や事業について、公益性を云々する現象についてである。

法律的には、今更いうまでもなく、改正前の民法では、公益法人を「祭祀・宗教・慈善・学術・技芸その他の公益を目的とする法人」と規定しているが、ここでは「公益」の定義はなされておらず、学説上も「社会全般の利益、すなわち不特定多数の者の利益」(我妻 榮著『新訂 民法総則』(岩波書店、1965)136頁)といった、実質的な内容を捉え難い、抽象的な定義にとどまっていた。

現在の公益認定法でも同様であり、ただ同法第2条4号において、公益目的事業の定義として、「学術、技芸、慈善その他の公益に関する別表各号に掲げる種類の事業であって、不特定かつ多数の者の利益の増進に寄与するものをいう。」として、事業の要素を入れているものの、基本的には上述の学説を条文化したものとなっている。

そこでくだんの研究会の話に戻すと、その際に「公益」の議論の基礎となるような「公益」についての本質的・本源的な定義がないかを探したことがある。

まず日本最大の国語辞典である『日本国語辞典』(小学館)で調べたところ、二番目の定義として「社会一般の利益。多くの人々にもたらされる利益。公共の利益」と書かれており、日本で最初にこの言葉が使われたのが、サミュエル・スマイルズ著、中村正直訳の『西国立志編』(明治4年)であることは分かったが、定義そのものは、上述の法律の場合と同様であり、参考とならなかった。

次に当時出版されて間もなかった岩波書店の『哲学・思想辞典』を調べたところ、なんと「公共性」という言葉はあったものの、「公益」という言葉は見出しとしては影も形もなかった。
成程、「公益」という言葉は、思想や哲学等の厳密的な学問の対象ではなく、世俗的な一般的な用語であることと思い知った次第である。

念のためと思って、小学館の『日本大百科全書』をみてみたところ、政治学者の飯坂良明氏の執筆で次のように書かれていた。
「(前略)公益の内容を確認することはむずかしい。というのは、公益が引き合いに出されるのは、これに反すると思われるような事態に対して抗議し、それを規制するために用いられることが多いので、批判しようとする事柄如何によっては、公益の内容の強調点はおのずから異なるであろうし、また公益を判定又は主張する者が誰かによっても、見方が異なってくるからである。(後略)」とされている。

この解説に出会ってやっと我が意を得たりという思いがした。
すなわち、「公益」というのはそもそも政治的・論争的(polemic)な概念であるということが、政治学者が書いたということを割り引く必要はあるが分かった次第である。

以上のことから、我々公益法人関係者の教訓としては、例えば英国の1601年のチャリタブルユース法(Charitable Uses Act 1601の4つのチャリティ目的(1)貧困の救済、(2)教育の振興、(3)宗教の振興、(4)その他コミュニティ利益増進目的)のように、アプリオリに公益目的と認められるも(※)以外の公益目的事業については、次のことに留意する必要がある。
① その事業を真面目に遂行乃至は推進することは勿論のこととして、② 自らその事業の公益性について、それを当然とすることなく、不断に世間一般に訴え続けることが大切であるということである。

最近、公益認定申請に対し、個人的には必ずしも妥当とは思われない不認定という判断が当局から
されることがあるが、① 申請側が公益性を当局や世間に対し十分に証明乃至はPRしていたかどうか、② 逆に認定側における公益性の判断において、世間一般の公益についての常識や考え方が十分に考慮されていたかどうかが問われると思う。


(※)イギリスにおいても、(2)や(4)の目的についても、具体的な立証が必要とされる場合があることについては、(公財)公益法人協会編『英国チャリティ―その変容と日本への示唆』(弘文堂、2015)の55~56頁(石村耕治教授執筆)をご参照。

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