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2017年3月


3.11と9・11 ‐日米被災者のきずなと3.11総合記念館構想‐

太田達男((公財)公益法人協会 理事長)

あれから6年、今年も3月11日の午後2時46分を迎えた。

いまだに行方不明とされる方々の数2,500人余、今も3万5,000人余りの被災者が仮設住宅で不自由な生活を余儀なくされている。
原発事故で強制避難を余儀なくされた被災者8万人のうち、故郷への帰還を果たした人は、ほんの数%、県外での避難生活を送る子供たちへの心ないいじめなどには、言いようのない無力感すら覚える。

3.11の10年前、9.11に発生した米国同時多発テロは、今年16年目を迎える。
米国では、翌年の2002年に早くも「9.11家族会」が結成され、IRS(内国歳入庁)により、日本の公益法人に相当する501(C)(3)パブリックチャリティと認定された(当初名称September 11th Widows' and Victims' Families' Association、現在 The September 11th Families' Association)。

この団体は、被害者家族への多面的な支援活動、記録史実の伝承などをミッションとし、ワールドトレードセンター跡地の向かいに建設された9.11追悼記念館(The 9/11 Tribute Center)も運営している。
この「9.11家族会」は、毎年3.11被災地を訪問、同じく家族などかけがえのない人たちを失った経験者として心のケアなど支援の手を差し伸べている。

そして、原発事故やテロなどの悲劇を二度と起こさぬよう後世への願いを残すため、世界貿易センタービルの鉄骨を使った折り鶴のモニュメントが、この家族会や日米のロータリークラブから贈られ、2012年12月に郡山市開成山公園に、ニューヨークの方向を向いて設置された。
この折り鶴の原型は、広島原爆の被爆により12歳で世を去った佐々木禎子ちゃんが折った2,000羽以上ともいわれる「サダコの折り鶴」で、そのうち一羽は9.11追悼記念館にも展示されている。
 
昨今、被災遺構の保存を巡って、夫々の現地では賛成論、反対論などさまざまな議論があるようだが、この1000年に一度とも言われる震災・津波や原子力発電の恐ろしい実態を後世に残す必要は誰しもが認めるところであろう。

9.11追悼記念館は、被災後僅か5年足らずの2006年6月に開館した。
日本でも、「せんだい3.11メモリアル交流館」が開館され、福島県では復興祈念公園が、釜石市では震災メモリアルパークなども構想段階のようだが、横断的で総合的な3・11総合記念館を考える時期に来ているのではなかろうか。

この記念館は、展示だけでなく地震、津波、大火、洪水などあらゆる自然災害と原子力災害の防災、減災、援災(発生後の支援活動)などの世界最高水準の研究拠点としての性格と、3.11被災者家族の多種多様な支援や、被災地の住民の手による復興をも目的とする多目的な組織として考えられないだろうか。

もちろん資金は、国や自治体が出捐し、企業、市民からも寄付を募り、そして運営は被災者家族の手に任せるのが良い。

9.11同様このような声が被災者の方々や多くの支援団体から起こることを期待したいものだ。

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