2017年1月


三題話とFiduciaryの精神

太田達男((公財)公益法人協会 理事長)

公益法人はじめ公益非営利組織の皆様、明けましておめでとうございます。

さて、ご承知のように昨年12月「民間公益活動を促進するための休眠預金等に係る資金の活用に関する法律」が成立し、1年半後の施行が予定されています。
また、公益信託制度の抜本的改正が、現在法務省の法制審議会で審議中であり、2018年には新法が国会に提出される動きになってきました。
もう一つ、資産を公益のために寄附する機運を普及促進し支援しようという「全国レガシーギフト協会」が昨年11月に設立されました。

これらは、一見夫々別々の動きのように見えますが、その根幹に流れるものは、民間資金を非営利公益団体が社会的課題を解決するために必要な活動資金として、役立てようというものです。
休眠預金活用制度では、年間500億円前後の資金が民間公益活動に廻ることが予想されています。
公益信託では現在600億円前後の残高ではありますが、一定の要件を充足する公益法人等も受託できる方向で制度設計が進んでいますから、期待される公益法人並みの税制整備と相まって、かなりの信託資金の流入が期待できます。
また、遺贈による資産の寄附は、米国の場合187億ドル(約2.1兆円)、わが国では僅か300億円程度と米国の1.4%ですから*、今後の伸びしろが相当期待できます。

これらの資金の多くは、助成財団など資金的支援を事業活動の中心に据える非営利法人が配分団体として預託、寄附もしくは信託を受け、現場で活動する団体に助成、貸付、出資などの資金的支援をするという構図になります。

そこで私が声を大にして言いたいことは、これらの団体にはしっかりとしたガバナンスにより運営され、法令遵守はもとより公益組織としての最高度の倫理観を持ち、そして透明性の高い行動が最低条件として必要であるということです。
また配分団体の場合はさらに、適切な助成先を選考する公正無私で、支援する事業の必要性についての眼力を兼ね備えた選考体制の構築が不可欠と思います。

信託形式の場合はもちろんですが、休眠預金もレガシー寄附も他者から信じて託された預かりものという意識が必要です。
ひと言でいうと受任者(Fiduciary)としての義務があることを肝に据えていただきたいということです。

休眠預金、公益信託、レガシー寄附いずれも、万一不適切な管理・使用があった場合取り返しのつかない事態になります。
すなわち社会からの信用を失うとその当事者に対するだけでなく、制度そのものへの不信感があっという間に広がってしまいます。
このようなことが続くと、規制当局の規制が強まり、非営利組織の最大の特徴である創造的、先見的、迅速な活動が制約されることになりかねません。

このコラムをお読みの皆様には釈迦に説法と思いますが、年頭に当たり敢えてこのことを強調し、併せて皆様にとって更なる飛躍の年となるよう祈念いたします。


*出所:日本は、平成25年財務省資料「相続税の課税状況の推移」による。
    米国は、"Internal Revenue Service Data Book 2014" Table 1, 5,
    および "SOY Tax Stats-Estate Tax Filing Year Table 2014" Table 3による。

2016年12月


もう一つの公益? もう一つのクリスマス・プレゼント?

山岡 義典((公財)助成財団センター理事長、(特活)市民社会創造ファンド運営委員長)

この12月2日、「民間公益活動を促進するための休眠預金等に係る資金の活用に関する法律」(通称、休眠預金活用法)が成立した。 市民と議員の協働立法でもある。
施行には1年半あるものの、ちょっと早いクリスマス・プレゼントかと喜んだ人も多いことだろう。

この法律の目的は、第1条に次の通り。
「休眠預金等に係る預金者の利益を保護しつつ、休眠預金等に係る資金を民間公益活動を促進することにより、国民生活の安定向上及び社会福祉の増進に資すること」。

〈なるほど、民間公益活動ね、いいじゃない〉と思いつつ預金管理等の聞き慣れない難解で退屈な(しかし本当はとても大事な)条文を読み進むと、下記の第16条に出会う。

「休眠預金等交付金に係る資金は、人口の減少、高齢化の進展等の経済社会情勢の急速な変化が見込まれる中で国及び地方公共団体が対応することが困難な社会の諸課題の解決を図ることを目的として民間の団体が行う公益に資する活動であって、これが成果を収めることにより国民一般の利益の一層の増進に資することとなるもの(以下「民間公益活動」という。)に活用されるものとする」。

〈ふむふむ、これが民間公益活動ね、何だか前後の形容句が長々とおせっかいじみているけど、まあいいか〉と納得しながら第17条に進む。

ここで頭が急に混乱してきた。
「公益に資する活動」すなわち目的にいう「民間公益活動」とは次のことだと言うのだ。

「 一 子ども及び若者の支援に係る活動
 二 日常生活又は社会生活を営む上での困難を有する者の支援に係る活動
 三 地域社会における活力の低下その他の社会的に困難な状況に直面している地域の支援に係る活動
 四 第三号に準ずるものとして内閣府令で定める活動」。

〈ん、これだけ? 突然、どうして?〉

特定非営利活動促進法第2条の別表には20項目の「特定非営利活動」が掲げられており、公益認定法第2条の別表には23項目の「公益目的事業」が掲げられている。
ここにまた、4項目の「公益に資する活動=民間公益活動」が登場した。

前2者はかなり重なり合うところがあるが、今回の「活動」は拡大解釈しても前2者の半分くらいしか覆わない。
「非営利」と「公益」、「活動」と「事業」、微妙な意味合いの違いはあるが、2つの第2条別表のどちらかで何とかならなかったのか。
公益概念がまた混乱してこないかと心配だ。

しかも、この限られた公益分野に毎年500億の資金が天から降ってくる。あるいは地から湧いてくる。
全国民が頑張って集めた赤い羽根の共同募金が約200億を低迷という世界だ。
寄附を地道に集めるのが空しくなってくる。
寄附の文化を育てようという心情や行為に、この500億は馴染まない。
もしかしたら、このクリスマス・プレゼントは、日本初の寄附月間に、とんだ冷や水を浴びせることにならないかとも心配だ。

2016年11月


非営利法人法制の再構築

太田達男((公財)公益法人協会 理事長)

来年4月から社会福祉法人制度が大きく変わる。

意思決定機関であり役員選任機関としての評議員会の必置、理事・監事の役割と義務・責任の明確化、一定規模以上の法人に会計監査人を必置とするなどガバナンス体制の強化、超過内部留保額の社会還元など財務規律の強化、法人および所轄庁による情報公開の徹底、そして報告要請、立入検査、勧告、命令、解散命令など所轄庁の監督権限の明確化などが主たる内容である。

新制度に備え、2万前後の各社会福祉法人は、新定款や役員報酬基準など各種規程の起案、評議員をはじめとする役員等の人選、そして財務体質の見直しなどに懸命に取り組んでいるが、まさに、8年前に始まった公益法人制度の大改革を彷彿とさせる改革である。
 
社会福祉法人は、福祉サービスを提供する高い公益性と非営利性を備えた民間の法人として、税制上も公益法人と同様の優遇措置を受けている法人であり、同じ公益非営利セクターの一員としてこの改革を歓迎し、その目的が円滑に達成されるよう期待するものである。
 
ところで、新社会福祉法人制度の法的枠組みは、一般法人法における財団法人の規律とほぼ同じであり、所轄庁の監督や情報公開も公益認定法に範を採るところが多い。
 
公益法人制度およびその法人根拠法である一般法人法は、色々問題点も内包はしており改正を必要とする点も多いものの、数ある非営利法人法制の中では、現時点では一種の到達点としての位置づけができるものである。
2011年の特定非営利活動促進法大改正、就中認定部分も公益法人法制が参考にされたが、今回の新社会福祉法人制度も含め、今後、学校法人、社会医療法人、更生保護法人など公益型非営利法人法制の再構築が論議される場合も参考とされることとなろう。

もちろん、各種非営利法人は異なる公益目的事業を担うものであるから、事業法としての側面はそれぞれの規律が求められるが、機関設計、情報開示、会計基準など法人運営に係る基本的な規律は、学校法人であっても、社会福祉法人であっても、公益法人であっても異なるものではないと思う。
まして税制支援措置が近似化している公益型非営利法人にあっては、ガバナンス体制や情報公開の中身に差異のあること自体が国民の目から見て奇異に映るであろう。

今回の社会福祉法人制度改革は、私たち非営利セクター全体にとっても、その意味で大きな意義を持つものと考える次第である。

2016年10月


「障がい者アート」を超えて

片山 正夫(公益財団法人「セゾン文化財団」常務理事)

リオ五輪も終わり、いよいよ4年後の東京オリンピック・パラリンピックに向けた本格的な助走が開始されるが、われわれ芸術文化関係者の関心は、どのような文化プログラムがこれから進められていくのかという点にある。
 
もともとオリンピックは、スポーツの祭典であると同時に文化の祭典でもある。
オリンピック憲章には、「スポーツと文化・教育をひとつにする」ことがオリンピズムの希求するものであると謳われており、組織委員会は文化プログラムを開催することが義務づけられている。

たとえば前々回のロンドン大会では、その前の北京大会終了時から4年間のあいだに、英国全土1,000ヵ所以上で文化プログラムが展開され、4,300万人もの人々がこれに参加したという。
なかでも特に世界の人々に強い印象を残したのは、障がいをもつアーティストの創作活動を支援する“UNLIMITED”というプログラムであった。
車いすに乗ったまま水中でダンスするスー・オースティンの印象的なビジュアルをご記憶の方も多いであろう。
 
こうした動きにも刺激されて、東京大会に向けては、障がい者によるアートにこれまで以上に関心が集まりそうだ。
すでに東京都は、文化ビジョンで「障害者アート」への支援を明記し、傘下のアーツカウンシル東京でも「障害者アート」を主たる対象とした「芸術文化による社会支援助成」を開始している。
民間でも、日本財団が「パラリンピックサポートセンター」を設置し、「パラリンピックとアーツ」を主題とした勉強会を発足させた。

もちろんこれまでも、障がい者とアートを結ぶ取り組みは、日本でも数多く行われてきた。
ただそれらは、どちらかといえば福祉的な視点に立ったものが多かったといえる。
つまり、アートを媒介として障がい者の社会参加を促すというスタンスだ。
これはこれで非常に意義のある活動だろう。
しかしアートのユニークな価値はそこにとどまらない。

舞踊評論家で、われわれの財団の評議員も務めていただいている石井達朗氏は、「『障害者スポーツ』という言いかたがあるが、ダンスではそのようなジャンルは必要ない」と言い切る。
まさにそうなのだ。芸術において、障がい者かそうでないかは全く関係がない。
障がいに応じた何がしかのサポートは必要としても、こと表現というレベルでは、ハンデキャップ自体が存在していない。
スポーツがオリンピック/パラリンピックと区分されているからといって、これにそのまま倣うことはないのだ。

“UNLIMITED”はまさにその発想に立ったプログラムであった(ようにみえた)。
しかしそれでも参加アーティストからは、“障がい者”として捉えられることへの戸惑いの声があったという。

最近日本でもNHKの番組が「障がい者を“感動的に”描くことは果たして必要なのか」という問いかけを行い、大きな議論となったが、アートの世界はこうした“特別扱いされる居心地の悪さ”を乗り超えうる最初の領域ではないだろうか。
障がい者による「障がい者アート」と呼ばれないアートを、東京から発信したいものだ。

2016年9月


「理事会を黙って聞いて、判を押すだけの監事にはならない」―ノーベル賞受賞者 大村智博士―

太田達男((公財)公益法人協会 理事長)

私は、日経新聞朝刊「私の履歴書」の愛読者である。
それぞれの立場から社会に大きな貢献を成し遂げた方々の生き様は、夫々感動的であり自らを省みて反省しきりとなることも多い。

中でも最近のものでは、2015年生理学・医学ノーベル賞受賞者の大村智博士の、アフリカの風土病に苦しむ2億人以上の人々を救った抗寄生虫薬の発見者としての学究の道のりはもとより、美術への造詣、さらにはゴルフもシングルという腕前という、多彩な履歴に瞠目させられたものである。

しかし、ここで取り上げたいのはその23回で、博士は学校法人北里研究所の監事を拝命されたが(1981年)、「理事会を黙って聞いて、判を押すだけの監事にはならない。
そう思って、研究所の経営実態をつぶさに調べること」にしたというくだりである。
そして、経営や財務は全くの素人であったが、専門書を読み漁り、それに止まらず伝手を頼って専門家から月1回の個人レッスンを受け、また複数の経営者からも話を伺い、博士の表現を借りれば「気が狂うかと思うほど大変だった」という猛勉強をされ、何時倒産してもおかしくない状況を把握し、ついには改革案を理事会に提出された。
そのような危機的状況を知っていた理事は、何と7人中1人だけであったとも述懐されている。

まさに、非営利法人の監事の役割、その義務と責任といったことを博士は直感的に感得され、また、その実践のため全力を尽くされた経緯が、短い文章ではあるが見事に述べられていると感動した次第である。

監事は、いまさら言うまでもなく、業務執行の決定機関である理事会を監査する立場であり、理事の職務怠慢や違法行為を厳しく監査するもので、いわば法人ガバナンスの要ともいうべき存在である。
昨今、公益法人においてすら色々な不祥事件が起こり、その際決まって指摘されることは、ガバナンス体制の欠如である。
もちろん理事(会)が、第一義的に業務執行責任を負うべき立場にあるが、それを執行部から独立的に監督するのが監事の役目である。

世の中の非営利法人の監事職にある人数は、公益法人をはじめ、一般法人、特定非営利活動法人(いわゆるNPO法人)社会福祉法人、学校法人等などをあわせおそらく30万人を下らないと思うが、いくつかの法人の監事を任命されている私も含め、まさに大村博士の「理事会を黙って聞いて、判を押すだけの監事にはならない。」という名言を、拳々服膺し自戒したいものである。

そして履歴書最終回、博士は「至誠惻怛(しせいそくだつ)」という言葉を、北里研究所の若い人々に贈られたということも付け加えたい。
私は浅学にしてその意味を知らなかったが、「誠を尽くし、いたわりの心をもって人に接する。そうすれば必ず道は開ける」と博士は注釈されている。

2016年8月


社会が求めるわかりやすい公益法人制度を目指して

田中 皓((公財)助成財団センター 専務理事)

暑中お見舞い申し上げます。
今年は台風の発生が例年の半分程度、しかもこれまでに上陸した台風はゼロという珍しい気象現象だそうですが、日本列島の各地の最高気温の上昇傾向には歯止めがかからず猛暑が続いています。

加えて今年は、開催が心配されていた第31回オリンピックが無事開幕され、昼夜逆転のリオでは、これまでに日本の体操、柔道、競泳等のメダルラッシュにより大きな感動と極端な睡眠不足をもたらしています。女子体操団体は4位とメダルには届きませんでしたが代表5選手の平均年齢は18歳だとか。
リオでは体操ばかりでなく、日本選手団の若返り、初参加選手の活躍が目立ちベテラン選手とのチームワークは頼もしい限りです。
その背景には、国立科学スポーツセンターやナショナルトレーニングセンターなど、選手を心身共に育成するための環境がしっかり整備されてきていることもあるようです。
また、男子柔道での全階級メダル獲得という日本柔道復活の偉業は、若手の台頭と世界の柔道界の潮流を徹底分析し、お家芸の枠を脱皮し世界に対抗できる技と力、精神を再構築してきた日本柔道界の努力ともいわれています。
東京オリンピックに向けては多くの競技種目での活躍を期待したくなりますが、今回のリオ・オリンピックでは、スポーツばかりでなく何事にもしっかりしたバックアップ体制の重要性と環境変化へ適確な対応の重要性を再認識させられたような気がします。

最近の日本社会・政治・経済の環境変化は、1月29日:日銀が初のマイナス金利導入を決定、6月1日:消費税増税の延期決定、6月2日:「経済財政運営と改革の基本方針2016」(骨太方針)や「ニッポン一億総活躍プラン」を閣議決定、7月10日:与党が過半数を確保した参議院議員選挙、18・19歳の有権者が初投票、7月31日:組織票のない小池候補が圧勝し、初めての女性都知事が誕生した都知事選挙、そして8月8日:天皇陛下のお気持ち表明、また今日は、安保関連法の廃案を訴え、斬新な活動スタイルで政治に立ち向かった学生や若者中心のシールズ(SEALDs)が解散、などなど目まぐるしいものがあります。

この目まぐるしい動いきも激しい社会の変化に対応していることの表れとも言えますが、限定された範囲の公益法人界においても、7月29日に公益認定等委員会が「平成28年度会計研究会の開催について」を発表し、これまでの課題に対処すべき今年の研究会の「検討項目、検討体制、スケジュール」を公開しました。

具体的な検討事項として、特定費用準備資金や公益目的取得財産残高、遊休財産の算定、定期提出書類、公益法人会計基準の整合性等に係わる課題を掲げていますが、いずれも重要かつ適切な課題であり詳細は「公益法人information」に掲載されている文書を是非ご確認ください。

これに対して、公益法人協会からはご高承の通り太田理事長のステートメントが発表されておりますので8月2日付メール通信を合わせてご覧ください(*)。

検討事項例の中で1.の1)「特定費用準備金資金の運用の点検と見直し」は、特に明確化が必要なものの1つと考えています。
資産の運用収益や寄付収益以外に収益拡大の手段を持たない助成財団等の法人にとっては、特定費用準備金資金や特定資産の金融資産での保有が、将来に予定された事業の実施や事業の拡大だけに限らず、将来の収支変動に備える積立資金として安定的、継続的な公益事業の維持にも活用できるよう明確化することは、これまでも要望し続けている通り必須の重要課題であります。

また、ステートメントでは公益法人制度に関する法律や制度の運用問題を会計研究会(メンバー6名は公認会計士)の場だけで議論することには違和感を覚えると記載されていますが、全く同感であり、より広く立場からの意見を求められるよう先日公益認定等委員会にも直接申し上げたところでもあります。

また、これらの提言・要望は公益法人界からだけでなく、社会課題の解決を促進するための新しい資金の流れを拡大するために、公益法人制度を更に活用していこうとする寄付者や篤志家が公益法人を簡便に設立出来て、運営しやすい制度に改正するべきとの観点からの新経連の要望等も大変重要なことであります。

公益法人制度が社会に必要な、そして役立つ制度になるよう育てたいとの思いは誰しも同じであり、26年度会計研究会の報告書に対する意見として要望した中でまだ解決されていない提言・要望も含め、この機に改めて要望し直し、より多くの関係者の知恵や意見が反映される形で検討が進められることを切に願うものです。

(*)【太田理事長ステートメント】公益認定等委員会会計研究会の開催に当たって
    http://www.kohokyo.or.jp/kohokyo-weblog/non-profit/2016/08/post_212.html

2016年7月


トラストオフィサーと非営利組織の役員 ―求められる資質―

太田達男((公財)公益法人協会 理事長)

営利事業として信託業が発展した母国は米国であるが、信託会社や商業銀行の信託部門で働くトラストオフィサーは、金融機関でも特別の資質が要求されかなり地位も高い職業であるようだ。
そのため、将来トラストオフィサーを志す人を対象とした専門教育も、大学や銀行協会信託部で盛んに行われていたが(過去形にしているのは、筆者が見聞したのは数十年も前であるためだが)、1960~70年代に大学でその分野で教鞭をとっていたノーマン・ウイギンスという人が書いた「職業としての信託業(原題 The Trust Business as a Career)」(*1)で、信託業につくための適性として大きく知的素養と精神的資質を挙げている。

知的素養は「法律的素養」「会計的素養」「投資に関する素養」「経営分析能力」を必須とするものだが、それと同時に6つの精神的資質を挙げている。

精神的資質は、まず「根気」という。トラストオフィサーはあらゆるタイプの人と接触する機会があるが、冷静に根気よく説明し、時によっては相手を説得する能力が必要ということだ。
次は「感情移入(Empathy)」ということで、これは共感(Sympathy)を超えて、相手と同じ立場になり怒り、悲しみ、喜ぶ事のできることを指す。
3番目は「正確性」、推量や曖昧な説明ではなく、常に正しい見解を告げる必要がある、即答できなければ調べて答えること。
4番目は「積極性」ということで、質問や問題から逃げずに前向きに対応する、場合によっては「NO」という勇気も必要という。
5番目の資質は「機転」とする。「機転」とは「他人との折衝の過程で何を言い、何をするのが最も適切かについて、咄嗟に的を得た判断」をすることのできることを言う。
そして最後に「ユーモアのセンス」。常に折衝や会話の中でしかめ面で終始するのではなく、絶えず笑みを浮かべユーモアを交えて話し合う能力ということ。

私は、信託マンを長年の職業としてきたが、確かにこれらの素質が必要だと共感するところがあった。尤も、私自身にそのような素質が完備しているとは、とても思えないのではあるが。

それはともかく私は、公益非営利組織の役員に求められる資質は、トラストオフィサーに求められる精神的資質と同じではないかと思う。
トラストオフィサーは、善良なる管理者の注意義務や忠実義務などをはじめとして、いわゆる受認者(Fiduciary)としての義務を負い、受益者のために常に最善の解を見出すことを求められる仕事である。

そして、公益非営利組織の役員も、不特定多数の利益である公益を追求し、財産管理はもとよりその事業においても最善の選択をする義務があるからだ。

岩井克人教授(当時東京大学大学院)は、「公益法人は―もっと広くNPO法人といってもいいが―
信任関係なるものを二重に引き受けている存在である。」と説いた(*2)。
すなわち、公益法人は社会から信認を受けており、理事者はその法人から信認されているという意味で二重のFiduciary というわけだ。

昨今、非営利組織に関連する不祥事件を耳にする中、私たちは自戒を込め、改めて二重Fiduciaryと
いうこと、そしてFiduciary に求められる精神的資質(できれば知的素養も)を想起したいものだ。

(*1) 1976年、三井信託銀行信託部訳 社内参考資料
(*2) 2002年11月25日、公益法人協会30周年記念シンポジウム
         「21世紀市民社会と公益法人」における発言(『公益法人』2003年1月号収録より)

2016年6月


豊かな関西文化を育んだ志の物語

山岡 義典((公財)助成財団センター理事長、(特活)市民社会創造ファンド運営委員長)

この3月末、ミネルヴァ書房から一冊の本がでた。
「「志」の源流と系譜」を副題にもつ『文化を支えた企業家たち』だ。

かつて設立間もないサントリー文化財団で事務局長として活躍され、後には専務理事も務められた伊木稔さんの著作である。
まず各章のタイトルだけを掲げると下記の通り。
 序 章 文化を支えた人々―商人・企業家・経営者
 第一章 民間公益活動の先駆者たち
 第二章 近世商人が支えた学問・文化
 第三章 近代企業家の文化・社会活動
 第四章 現代企業の文化・社会貢献
 終 章 志が支えるもの―「民からの公共」から「民による文化」へ

序章で著作の視点を明らかにした上で、第1章では、古代から中世、近世と続く民間人の社会文化活動を、先駆的な担い手を軸に地域的な展開として描き出す。
第2章では、近世の商人たちが地域の学問・教育の発展にいかに大きな役割を果たしてきたかを全国的に見渡した上で、大坂の含翆堂と懐徳堂について詳しく成立過程を分析する。
第3章では、大阪を中心とする明治の経済界のリーダーたちの強い公共・公益活動への思いを描き、医療・福祉分野と学問・教育分野での活動事例を紹介、近代の企業家たちの志を育んだものが何であったかに思いをはせる。
第4章では、戦後の企業フィランソロピーの流れを概観し、鳥井信治郎から佐治敬三へと継承されたサントリーの文化・社会活動について詳述するとともに、企業博物館の現状について実態を分析する。
終章では、将来に向けた著者の思いを語る。

伊木さんとは、事務局長をしておられた頃から私も研究会などでご一緒した思い出がある。
ちょうど私が、助成財団センターの立ち上げに奔走していた頃でもあり、側面的にご協力もいただいた。
大阪を拠点に幅広く文化的実践活動に携われながら、企業の文化活動について思索・考察し、歴史的な視点や人の思いを重視しながら事例分析を重ねて執筆してこられた。
現在は大阪商業大学教授として商業史博物館の館長もされておられるから、まさに人と立場を得た著作で、これまでのご活躍の総仕上げともいえるだろう。

民間公益活動の存在する意味を深く考える上での貴重なヒントが、本書には随所に見え隠れする。
文章も平易で味わい深い。実践に携わる多く方に読んでいただきたい本だ。

2016年5月


NPOの信頼性と力量向上を目指し

太田達男((公財)公益法人協会 理事長)

全国の非営利組織(NPO)を対象とする我が国初の評価機関、一般財団法人「非営利組織評価センター」(JCNE)が、4月1日に誕生しました。

高齢者ケア、子育て環境、貧困格差などを始め、文化芸術の継承・振興、国際的NGO活動、難病や障害に苦しむ方々の支援等々、様々な社会的課題に取り組んでいるNPO活動に対する期待は益々高まってきています。
これらのNPOには1万弱の公益法人、5万を超える特定非営利活動法人、2万近くの社会福祉法人などが典型的ですが、平成20年の公益法人制度大改革によって、登記だけで設立でき、認可・監督官庁もない、それこそ究極の自由が保証された一般法人制度により新しく設立された一般社団・財団法人も、既に3万近くと推定されています。その他旧公益法人や旧中間法人から移行した一般法人も1万5,000ぐらいあります。

これら10万を超えるNPOの中には、公益活動とはとても言えないような事業を実施しているところもあり、また、その運営がきわめて杜撰な組織もあり、いわば玉石混淆であることは、識者の指摘するとおりと思います。

JCNEは、NPOを寄附やボランティアにより支援する一般市民をはじめとして、その事業の利用者(受益者)、助成財団、事業委託等の契約の相手方(企業・行政など)、そして研究機関など広範囲なステークホルダーに活用してもらうことを想定して、NPOの組織情報を一定の基準により評価し、これらの方々に参考情報として提供することを事業目的としています。

しかし、評価事業はあくまでも手段であり、JCNEの描くビジョンは、この手段を通じてNPOの力量を質量ともに高め、社会的な信頼性を高めていくところにあり、それにより多くのNPOが、行政や市場経済では担えない分野の社会的課題の解決に重要な役割を果たすというゴールを目指しています。

公益法人協会は、欧米ではNPO評価機関があり、NPO活動の発展に大きく貢献している現状を知り、我が国でもこれを導入すべく2003年に研究会を組織し、その提言となる報告書も公表したところではありますが、時期未だ熟せず実現には至らなかった経緯があります。

今回、多くのNPO 支援組織の賛同を得、また公益財団法人「日本財団」の全面的バックアップを受けて、JCNEが設立されたものです。
このような経緯もあり、大変微力ではありますが、私が初代の代表理事を兼務させていただくこととなりました。

創設されたばかりのJCNEは、当面試行錯誤的に運営されていくものとは思いますが、先に述べたような理想を大きく掲げて、成長していきたいと考えています。
どうか、このJCNEにも、公益法人協会同様、関係各位のご指導ご鞭撻をいただきたくお願い申し上げます。

 *事業紹介のWEBサイトは、http://jcne.or.jp/

2016年4月


再考・評議員会

片山 正夫(公益財団法人「セゾン文化財団」常務理事)

3月決算の公益財団法人にとって、新年度に入った今ごろは何かと慌ただしい時期である。
決算作業に続いて、5~6月の理事会・評議員会に向けての準備が本格化するからだ。

人手の少ない多くの法人にとっては、ボードを2つも運営していく負担は決して小さなものではない。もちろん負担であっても法律で決まっているとあればやらざるをえないわけだが、問題は、評議員会の存在が法人の適正運営に役立っていると感じている現場の実務担当者が、一体どれだけいるのかということだ。

評議員会が意思決定機関として重要事項を決議し、理事会の業務執行を監督する今の制度は、主務官庁制の廃止に伴う自律的なガバナンス強化への要請から導入されたものである。同時に、一般企業におけるガバナンス重視の潮流を受けたものでもある。

だがそもそも公益法人におけるガバナンスとは何を目指しているのだろうか? 不正を見抜き、不祥事が起こらないよう防止することだろうか? 

もしそうした機能を重視するのなら、評議員会の設置効果は少々疑わしい。じっさい企業で起こっていることをみれば明らかであろう。先の東芝不正会計事件でも、衝撃的だったのは、東芝が日本を代表する名門企業であったからだけではなく、同社がほとんど最初の委員会設置会社であったからだ。ガバナンスにはとりわけ熱心な会社だったのである。

一般論として言えば、非常勤の社外取締役に、周到に仕組まれた執行の不正を見抜くことなどほとんど不可能に近いだろう。むろんそのことは、企業経営者の側も内心では解っているはずだ。いわばアリバイ作りのために、コーポレートガバナンス・コードに従ってみせているというのが本当のところではないか。

もうひとつ、公益法人のガバナンスに期待されるのは、執行が正しい(すなわちミッション達成に向かう)方向に向いているか否かを監督し、向いているのならこれを支援し、向いていないのならこれを正すということであろう。これは非常に重要なところだ。けれども、評議員会を設置しなければこれができない、あるいは評議員会があることで初めてこれが可能になると、なぜ言えるのだろうか?

公益財団はすべて理事会が必置となっている。そこには通常、「業務を執行する理事」と、「業務を執行しない理事」がメンバーとして存在している。そしてそのどちらもが、理事会において業務執行に関する決定をおこなうことになっている。ところが実際には業務を執行しているのは、いわゆる「事務局」であり、少なくとも日常業務においては、執行の決定は「事務局」の代表者(肩書きはさまざまである)によっておこなわれている。

そうであるなら、実態どおり、「事務局」代表者のみを代表理事=業務執行理事として執行責任と権限をそこに集中させ、理事会は代表理事以外すべて外部の理事によって構成すればよいのではないだろうか(多くの場合、現状はすでにこれに近いだろう)。そして法人の方向性や経営における重要事項の決定と、代表理事の業務執行にかかる評価をその場できちんおこなうようにすれば、このうえ評議員会という機関は必要ないはずだ。

もともと財団の評議員会は、社団法人における社員総会と違って、その正統性(legitimacy)自体が大いに疑わしいものだ。「出捐者の意思を体する」機関だともいわれるが、もとをただせば「中立の立場にある者」が参加する委員会によって選定されたメンバーに、「出捐者の意思」が憑依するというのは、やはりストーリーとして少々苦しいと言わざるを得ない。

実務担当者に聞いてみればわかるが、外部の理事は、実質的には評議員と何ら違いのない存在なのだ。そうであれば、「いや制度上は全然違う存在だ」と強弁するよりも、かれらに執行の支援と監督を委ねればそれでよいではないか。かれらにその役割が果たせないのなら、評議員にも同じ理由で果たせないであろう。

「機関を重装備にしさえすればガバナンスが機能する」という信仰は、実務を担う人々に無用の負担をかけることになりかねない。この負担も社会的にみれば立派なコストなのだが、数字として目に見えず、それと認識されないのが何とも厄介である。

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