2019年6月


使うべきか、貯めるべきか

山岡 義典((公財)助成財団センター理事長、(特活)市民社会創造ファンド運営委員長)

この6月1日と2日、滋賀県大津市の龍谷大学瀬田キャンパスで、日本NPO学会の第21回年次大会があった。その中で大変示唆に富む発表を聴いた。
公益法人協会の民間法制・税制調査会の委員でもある中島智人さん(産業能率大学経営学部教授)の「非営利組織のレジリエンス:英国チャリティ制度にみる対応」である。

レジリエンスresilienceとは、一般には弾力性のことを言うが、ここでは組織が危機に瀕したときの持続力・回復力といった意味のようだ。
そのまま組織が解散すれば、困るのはサービスを受けていた受益者である。
これまでに寄附で支えた支援者にも申し訳ない。
それを回避するには自由に使用できる一定の財産、日本の公益法人界で話題になっている言葉で言えば“遊休財産”が必要だ。
その内部留保の確保を呼び掛けたのが、英国チャリティ委員会が2016年1月に出したガイダンスの改定版であるという。

そこには「チャリティと内部留保(CC19)」が追記され、内部留保方針の重要性やその策定方法、公表に関する規定が定めてある。
内部留保方針は、そのチャリティにとって適正な内部留保を確保するための方針のことで、ステークホルダーに対して説明責任を果たすため、年次報告に記載しないといけない。
内部留保の水準をいくらとは決めていない。それぞれの組織にとっての適正と考える額である。
この方針を記載しない場合は、なぜ記載しないかを記載しないといけないから、内部留保を確保できていない団体には厳しい。

これに対して英国内では賛否両論、いろいろな議論があったという。
寄せられた寄附は合理的な期間内に使用しないといけないという信託法の一般原則からも、疑問がでた。中島報告はそれらの一端にも触れているが、ここでは割愛する。

翻って日本の新しい公益法人制度では、必要な経費以上の収入を得てはいけないといういわゆる収支相償の原則や目的を定めない遊休財産を一定額以上は持ってはいけないという制約がある。

(公財)助成財団センターでは、公益法人制度改革10周年にあたって特別調査を行い、今、その報告書の最終的な編集作業に入っているが、アンケート調査では、この2つの制約に関する不満が多かった。
「そもそも寄附の受け入れを制限するのはおかしい」「突然の寄附を年度内に使用しないといけないとなると無駄な助成を行うことになる」「収支相償を続けていけば組織は縮小する」「遊休財産は3事業年度分は必要」「5事業年度分は必要」と、さまざまな意見が自由記述欄に記されていた。

上記特別調査の検討委員会でも議論を繰り返し、とりあえず3事業年度分の遊休財産は必要と整理したが、そのことをレジリエンスという視点では考えていなかった。
また数字で示すことに拘り、組織が自ら必要な遊休財産額を定めてその理由を公表するという方法も考えなかった。
いくら使うべきか、いくら貯めるべきかを、レジリエンスという視点や内部保留方針の公表という方法から、改めて考え直して見る必要がありそうである。

2019年5月


SDGsの「誰も取り残されない社会」実現と寄付

高橋 陽子((公社)日本フィランソロピー協会 理事長)

1年前のこのコラムに書かせていただいたのは、「自己実現の捉われから解放されよう」ということだった。
あれから1年、SDGsへの関心は企業人を中心にかなり高まっているように見受けられる。
駅のホームであのバッジを付けている人を時々見かけるようになった。

これまでの企業を中心としたCSR業界だけの盛り上がり、とは少し違うようだ。
本業でも、本業以外でも、持続可能な社会に向けて同じ方向へベクトルを向けて行こう、という共通言語での決意表明であるが、手段が目的化しないためには、どうすればいいのだろうか?

「誰も取り残されない社会」の実現は、真剣に考えれば考えるほど、そう簡単なことではないし、だいたい、可能なのだろうか、と思ってしまう。
この標語は、2030年までという期間を決めて、真摯に取り組まないと、いわゆるpoint of no return を超えてしまう、という覚悟を促すものだと思う。

ただ、実際、我々は、無自覚のうちに、さまざまな人を取り残し、置き去りにしている。
もちろん、「公益」に携わる人たちは、積極的に、取り残されている課題や、置き去りにされている人のために働いている。
ソーシャルビジネスを起こしている人も、社会の課題解決のために、持続可能な方法としてのビジネスの手法を用いて取り組んでいる。
もっとも、自分の関わっていることに精一杯であり、また、関わっていないことに対し、無頓着なことが多い。
それでは、やはり、多くの人を取り残してしまうことになるのである。
何もかもできないから、当たり前だろう、と言われそうであるが、そこで、冒頭の「自己実現に捉われている」ことを思い出してほしい。

寄付は、捉われから解放される突破口になるかもしれない。
自分のしていることは限られている。
そのことに誠心誠意邁進はするが、実際には、課題解決のための一部を担っているに過ぎない。
そこで、他の人が取り組んでくれていることに、一人ひとりが寄付という形で応援することで、ささやかながら、取り残されている人を少しでも減らしていくことにつながるのではないだろうか。
自らの自己実現に捉われず、自己実現を果たそうとする人を応援することで、世界が広がるかもしれない。
寄付は、「人の心に寄り添い、自分の心を付けて届けるもの」だ。その信頼の循環が、暮らし方、お金のあり様そのものを変え、社会に新しい価値を生み出すと思う。

公益に携わる人たちは、資金調達としての寄付を考えがちだが、寄付者側の喜びや醍醐味、という点で寄付の意味を捉え直し、まず、自分の活動とは違うジャンルで気になっている活動に対して、寄付をしてみてはどうだろう? 
「公益」の景色が変わって見えるかもしれない。

2019年4月


「休眠預金」を実践的な評価研究の場に

片山 正夫(公益財団法人「セゾン文化財団」理事長)

休眠預金を活用した民間公益活動支援のスキームが、いよいよ本格的に動き出した。
すでに年初には、“元締め”である「指定活用団体」が決まり、これから年末にかけて、民間団体に直接助成を行う「資金分配団体」がいくつか選ばれることになる。

そうなると気になるのは、どのような評価システムがこのスキームに導入されるのかということだ。
資金規模の大きさから考えて、ここでの評価の考え方を誤ると、日本の公益活動を活性化するどころか、最良の部分を摘み取ってしまうことにもなりかねないからだ。
 
このスキームにおける評価は重層的である。
大まかに分けただけでも、「助成先団体」の評価もあれば、「資金分配団体」さらには「指定活用団体」自体の評価もある。
その各々について、団体の運営がきちんと行われているかどうかに着目した「組織評価」と、活動が成果を上げているかに着目した「事業評価」が想定されることになる。
 
このうち「組織評価」のほうは、団体が手掛ける事業の態様に関わらず、ある程度までは定型化が可能であり、そのため評価基準の体系化や実践も先行している。
公益法人協会でも、すでに15年前に「公益法人の組織評価に関する調査研究」をテーマに委員会を設け報告書を出しているし、いくつかの機関が簡易な自己診断ツールを公開している。
私の関わっている非営利組織評価センター(JCNE)でも、第三者組織評価事業を3年前から開始しているが、基準を満たした組織には「グッドガバナンス認証」を付与しており、先ごろ6団体を初めて認証したところだ。
 
一方こうした「組織評価」に比べると、「事業評価」のほうは、なかなか一筋縄ではいかない。
そもそも対象となりうる事業があまりに多様であるうえ、助成する側の意図もさまざまであるため、標準化がしにくいからだ。

たとえば「資金分配団体」の中心的な助成先と想定される「地域の草の根NPO」による活動を考えてみても、何をもって成果と考えるかは実施団体によって違う(その違いにこそ、組織の哲学が表れるともいえる)。

また、現実の社会は多くの要因が複雑に絡まっており、インプットとアウトプット/アウトカムの関係は、実際には特定しにくい場合も多い。
こうしたなかで、あまり近視眼的な評価をしてしまうと、結果的に重要な成果を見落とす結果にもなりうる。

逆に、評価基準や指標の取り方によっては、冒険せず手堅くやりさえすれば高評価を得ることはさほど難しくない、という状況が生じることもある。
だが、新しいものを生もうとすれば、“失敗”をポジティブに評価する姿勢も必要だ。
休眠預金のスキームでは当初、社会的インパクト評価によって成果を計測する旨が謳われていたが、そうした手法が使えない場合もあるし、使うべきでない場合もあるだろう。

私は、評価のデザインにあたって、「自分たちの成果をどのような観点から評価してほしいと思っているか」「どこを見れば自分たちの成果がいちばんよくわかると思うか」といったことを、まず助成先に尋ねてみることを勧めたい。
生きた情報や知識は、何といっても助成先の側にあるからだ。
そのうえで、その組織・活動にはどういう評価の仕方がふさわしいかを、助成する側と受け手の両者が膝詰めで話し合ってみればよい。

同様のことを時間をかけて積み上げていくうちに、社会への説明にも有効で、かつ助成先の成長・発展の手助けにもなる評価の在り方がいくつか浮かび上がってくるだろう。
それは一つではないはずだ。
休眠預金のスキームを、ぜひ評価の優れたケースを蓄積し、体系化し、普及させていく実践的な研究の場にしてもらいたいと思う。

助成の評価は、決して“上から目線”で考えてはいけない。
評価方法や指標を机上で考案し、それを助成先に一律に被せようとするのはまさに下策である。
「金槌しか持っていない人にはすべての問題が釘に見える」(A・マズロー)というが、同様のことは評価においてもしばしば起こりうる。
「多様性の尊重」、「独創性の重視」と、素晴らしいスローガンを掲げておきながら、結局それを殺してしまうのは、評価のしかたに問題があるからなのだ。
それは日本の教育が十分証明してきたことだ。

2019年3月


“声をあげよう”

 (公財)公益法人協会 副理事長 鈴木 勝治

ご高承の通り、公益法人協会は、(公財)さわやか福祉財団ならびに(公財)助成財団センターとの共催により、昨年の12月4日、新公益法人制度施行10周年を記念したシンポジウムを行い、そこで、①財務三基準の改正、②公益法人の各種申請手続等の簡素化、③情報公開の拡充と拡大を希求して大会宣言を採択した(*)。
これに基づき、当協会は共催団体ともども、現在関係方面へ説明旁々お願いに上がっているところである。

その時の反応は色々あるが、ア.大賛成であり支援しましょうといってくれる人、イ.税制の恩典を受けているのだから、ある程度の制約は仕方ないのではないかという人、ウ.全く関心がなく、初めてこのような動きを知ったという人に大別される。

アとイの反応については、賛成であれ反対であれ基本的には事実を認識していただいているので、議論や要請・説得を行うことができる。
しかし、ウの反応については、そもそも論からはじめなければならないので、大変な労力や作業が必要となる。

この場合、我々が戒めなければならないのは次のようなことであろう。

一つ目は、公益法人関係者は、自らは公益目的事業という国民の福祉や利益のためになることをやっているのだから、周囲の人はそのことを知っているべきであり、自分たちの考える論理は一般的にも正しく、世間の人達は当然それを了知して支援すべきであると考える独善的な風潮である。

しかし、世の中は広く複雑であり、かつ色々な事業や活動が行われていることから、自らの存在や活動を積極的にPRしないと人には知られない、あるいは記憶されないということを忘れがちである。
嘘も100回言えば真実となると言われるが、逆に言えば本当のことや良いことであっても広く世間に言い続け、訴え続けないと納得してもらえないばかりか、記憶されない、あるいは忘れ去られてしまう危険がある。

二つ目は、日本の場合、慈善活動や公益活動を行っていてもそれは陰徳であって、それを世間に広言すべきではないという美徳が古くから存在する。そのために、どのようないいことをやっていても大々的にPRすることを嫌う人が多い。

したがって、上記一つ目のような事態に陥らないように、日頃から広宣をすべきと言ってもそれに消極的であったり、世間からもあまりにPRする人や団体は胡散臭いと認識されかねないことを恐れてしまう。
しかし、現在のような情報の洪水の中にある社会において、知る人ぞ知る、少数であっても知っている人がいればそれで十分であるという態度では、世間からは埋もれてしまう危険性がある。

三つ目は、したがって無暗な広宣活動は行わないとしても、公益法人や公益活動のことについて一定の水準の行動や働きかけは常に行うべきであると思う。

幸い前述のシンポジウムで、参加者全員の賛成により、大会宣言が採択されたこともあって、世間に知られるようになっている現在、関係者や友人・知人に会う毎に声をかけるということは、大切なことと思われる。
おとなしい紳士の集団と言われて久しい公益法人界ではあるが、ここは恥ずかしがらずに、一つ声をあげてみようではありませんか。

  *本大会宣言は、「公益法人制度改正提言に関する報告書」として取りまとめております。
   報告書の全文は、http://www.kohokyo.or.jp/kohokyo-weblog/non-profit/2018/12/_1127.html

2019年2月


公益法人はどうしてダメなの?

山岡 義典((特活)市民社会創造ファンド運営委員長)

年明けの1月11日、休眠預金の指定活用団体が一般財団法人日本民間公益活動連携機構に決まった。
4つの申請団体について休眠預金等活用審議会の審議を経た上で、休眠預金等活用法第20条第1項の指定基準に最も適しているものとして、内閣総理大臣が指定したものだ。

昨年12月には2回にわたる審議会が開かれ、申請団体の面接が行われた。
第16回の議事録(2018.12.6)をみると、一委員から申請者への気になる質問があった。
一般財団法人民都大阪休眠預金等活用団体は公益認定を受けることを前提として指定活用団体に申請していたが、そのことについての質問である。

まず、休眠預金等活用法には指定活用団体は「一般財団法人」とあるのに、なぜ「公益財団法人」を目指すのかといった問いだ。
「公益財団法人」は「一般財団法人」ではないという解釈かもしれないが、公益認定法第2条第2号には「公益財団法人は、第4条の認定を受けた一般財団法人をいう」とある。
一般法人法的には「公益財団法人」も「一般財団法人」そのものなのである。
「認定NPO法人はNPO法人ではない」というようなもので、そんな話は聞いたこともない。

その後の質疑応答を見ていくと、どうやら休眠預金等活用法の正式名称にも明記されている「民間公益活動の推進」を公益認定法が目的とする「公益の増進」(同法第1条)とは別のものとして関係を絶ちたい気持ちが見えてくる。
1年ほど前になるが、第9回審議会(2017.12.15)の議事録には、同じ委員の「分配団体以下が公益法人である場合、公益認定等委員会という別のガバナンスの方向のものが入ると (中略) 、ややこしくなります」との発言がある。

休眠預金には休眠預金独自のガバナンスがあるから、それとは別のガバナンスが入ってくると、確かに「ややこしく」はなろう。
特に公益認定の財務3基準のことなどを考えると「ややこしく」なることはあるかもしれない。
だからと言ってそれを排除すれば、日本の制度としての公益概念は分裂する。
第9回審議会の発言では、資金分配団体とその先にある助成先団体のことを言っているわけだが、当然、それらの元締めとなる指定活用団体も公益法人では「ややこしく」なる。
そのような考えが、今回の質問の背景にあるのではないか。
すべての段階から公益法人を排除しようとする発想だ。

今の公益法人制度には制約が多い。窮屈な面がある。改善が必要なことはいくらでもある。
この2月8日に公益財団法人助成財団センターが開催した助成財団フォーラムでも、その様々な改善点が指摘された。
そして公益認定を受けることなく、ノビノビと自由に助成活動をしている事例も報告された。
税のメリットをそれほど必要としないなら、公益認定など受けないで自由度をフルに発揮したほうがいい。

そこは民間団体としての選択肢の豊かさでもある。
しかし休眠預金のような準公的資源の使用については、いくつかの制約はあっても(あればむしろその制約を指摘して取り除く努力をしてでも)、公益認定を推奨すべきではないか。
私は、休眠預金の活用に公益認定が必須とは考えないが、まず指定活用団体が公益認定を受けるのは当然のことと思う。
民都大阪休眠預金等活用団体が、そこを指摘し、それに挑戦した勇気は高く評価すべきだ。

公益法人がダメというなら、恐らく認定NPO法人も、(ガバナンスははるかにゆるいとは言え)外さないと平仄が合わなくなる。
それでは恐らく、指定活用団体であれ、資金分配団体であれ、助成を受ける団体であれ、休眠預金を活用するだけの力ある担い手は殆どなくなってしまう。
毎年500億円を超える資金を活用する仕組みそのものが、脆弱なものになる。
成り立たなくなるかもしれない。
そして同時に、110年振りに抜本改正されて施行10年を迎えた新しい公益法人制度そのものの信頼も、大きく揺らぐことになりかねない。

今回のことは一人の委員の意見にすぎない。
現実にそのようなことが組織として決定されるとは思いもしないが、このような考えが審議会での申請指定活用団体の評価や内閣総理大臣の指定のプロセスにまで影響していたとしたら、とんでもない大きな問題だ。

休眠預金の活用と公益認定の仕組みは、車の両輪として日本の民間公益活動を推進する大きな力になってほしいものである。


 ・参考:内閣府ホームページ「民間公益活動促進のための休眠預金等活用」
      https://www5.cao.go.jp/kyumin_yokin/index.html

2019年1月


秩序の回復

鶴見 和雄((公財)公益法人協会 常務理事・事務局長)

昨年末から2019年初春に相応しい言葉を探しているが、どうもしっくりした前向きな思いが浮かばない。その理由の一つに、ここ数年の間、厳しさが増す国家間の秩序の崩壊、行き過ぎた新自由主義とグローバリゼーション、そして企業におけるガバナンスの軽視傾向からくる、グローバルレベルでの社会基盤の地盤沈下に起因しているのではないかとの懸念が払拭出来ないでいる。そしてこの懸念材料が集約された結果が、狭まりつつある「市民社会スペース」に繋がっているのではなかろうか。

かつて深刻化する地球規模の諸問題に対し、市民社会の参画が大いに期待されていた。
市民社会が国際的にも政策形成過程に積極的に関与し、正にグローバル・ガバナンスの下、各国の公益法人も含め、多くの非営利セクターがその役割を果たしていたが、今はどうであろうか。2015年に国連により採択されたSDGs(持続的開発目標)と云う形で、世界が一つの方向に大きくギアをチェンジした事は大いに歓迎されるものだが、逆な見方をすれば、グローバルレベルでの無秩序からの脱却の強い意志がみえ隠れしている。

グローバリゼーションからの恩恵の傍ら、社会的不公平や国内・各国間の格差の拡大を産み出し、本来当事者であるべき国家自身が自国第一主義の下、地球の温暖化に逆行する政策を打ち出し、これにポピュラリズムが横行していている。極めて遺憾なことだ。また世界の多くの先進国が過去に類を見ない難民問題に直面しているばかりでなく、当該国内において人種対立の火種となっている。何れ我が国もこの問題を真摯に受け止めねばならぬ時期が到来するであろう。

国内に目を向けてみよう。度重なる自然災害は国内の失業や貧困問題に拍車をかけ、地域間の格差に改善の余地は期待薄だ。昨年末に発覚した企業統治に端を発する不正疑惑の如く、企業経営においても、秩序の崩壊による経営問題が露呈しているが、これは公益法人セクターにおいても決して対岸の火事とは言えない。非営利セクターに当てはめた場合、果たして健全なガバナンスが働いているか、常にCheck & Balanceが求められる。現行の公益法人制度がスタートし、10年が経過した今こそ、私益、公益に関わらず、それぞれのミッションに立ち戻り、「ガバナンスの棚卸」をすべきではなかろうか。

公益法人セクターが果たすべき役割は、それぞれの国家、地方自治体や地域が抱える社会問題は何かを直視し、市民社会と共に政治への関心を取り戻し、社会的な歪みを共に是正することに他ならない。年号が変わる今年こそ、様々な「秩序の回復」に果敢に立ち向かう初年度としたいと強く心に念じた。

2018年12月


非営利組織の自律性 ―公益法人ガバナンスコードの提唱―

太田 達男((公財)公益法人協会 会長)

米国・ジョンズ・ホプキンス大学のレスター・サラモン教授をリーダーとする「非営利セクタ―国際比較研究」プロジェクトにおいて、非営利組織の定義として掲げる5要件はあまりにも有名で、今更ここに述べる必要はないが、ここで検討してみたいのは、その第4要件「self-governing」である。
いろいろな訳し方があると思うが、直訳すれば「自己統治」ということになるが、私はここでは「自律性」として考える。
すなわち、公正で、社会に開かれ、規律正しい組織運営をする能力を備えていることを、自律的に確保していることが非営利組織たる要件の一つである。

英米の非営利組織の全国団体(いわゆる中間支援団体)は、この点において格段の注意を払い、努力を傾注しているように見受けられる。

英国では、特に2012年以降続発したチャリティの不祥事件が国会で問題となり、政府による規制強化が叫ばれる中で、危機感を覚えたNCVO(National Council for Voluntary Organisations)他6団体は、民間による自浄作用が必要との立場から、すでに制定されていた、2005年の“Code for the Voluntary and Community Sector”(2010年一部改訂)を、全面改訂した"Charity Governance Code"(Code)を策定し、公表した。
規制当局であるチャリティコミッション(C.C)もこれを歓迎し、C.CのガイダンスC.C10“The Hallmarks of an Effective Charity”を廃止し、チャリティは以後Codeに準拠して経営するよう指導している*1。

米国でも、2004年に財団の不透明な運営が議会で取り上げられ、規制強化の動きが出てきたが、危機感を抱いた中間支援団体Independent Sectorは、法令による押し付けではなく自律的に対応すべき問題として、議会への各種提言とともに自主規制綱領(Principles for Good Governance and Ethical Practice)を作成し、非営利公益団体がこれをモデルとして、自律的にガバナンスと透明性を高めるよう働きかけた*2。

つまり、英米とも中間支援団体は、政府の規制によるものではなく自らが身を律することで、しっかりした自己管理能力を高めようという姿勢で臨んできたということだ。
 
翻って日本ではどうか。
昨今スポーツ団体を中心として耳目を騒がす不祥事件が続発しているが、スポーツ団体に限らず、運営に疑問ありとして法令上の報告要請を受けた件数は、平成22年度以降29年度までで累計643件に上る(公益認定等委員会 各年度「公益法人の概況及び公益認定等委員会の活動」による)。
これらの内容は公表されていないので不明であり、中にはむしろ行政庁側の勇み足的なものもあり得ようが、かなりの公益法人が運営上問題視されたことは事実であろう。
 
このような状況の中で、新聞報道によれば自民党行政改革推進本部は、来年夏に決める経済財政運営の基本方針に反映させることを目指し、テーマごとに5つのチームを発足させるという。
その中に「公益法人のガバナンス改革」チームがあると報じられている。
また、これと連動しているものではないと思うが、公益認定等委員会でも新制度施行10年を振り返り、「民による公益の増進」の状況や委員会、行政庁の取組・成果等について概観し、問題点が把握された場合は、当該課題について検討するとしている。
 
これらの与党・政府の動きがある中で、公益法人協会は、政府による規制強化ではなく、公益法人の自浄作用として、不祥事が起こらない自律的なガバナンス体制の構築を各公益法人に促す努力をするべきであり、内外に広くアッピールすべきと考える。
その一つとして、日本版チャリティガバナンスコードを策定し、少なくとも会員にはその採用を促すことを考えてみたらどうだろうか。

もちろん、その検討にあたっては委員会を設け、広く意見募集も行うなど民主的に進めていくことも必要であろう。


*1 公益法人協会HP内調査報告書「英国チャリティのガバナンスコードについて」

*2  『米国調査ミッション報告書』(2009年9月 公益法人協会)

2018年11月


日中韓、市民レベルの社会貢献活動交流

高宮 洋一(城西国際大学教授)

「やあ久しぶり」「また会えたね。元気だった?」、一年ぶりの懐旧の挨拶が飛び交う。
外国だとハグも気恥ずかしくなく、旧知の異国の友人と抱き合う姿もチラホラ。

2018年10月25~27日に、中国の無錫で開催された「東アジア市民社会フォーラム」は、日中韓三カ国回り持ちで年1回開催、すでに9回を重ねる。
日本では公益法人協会が事務局を務め、3ヵ国の市民社会貢献活動家が継続的に交流・情報交換を進める、オープン参加の民間草の根ベースの会合だ。
各国のNPO/NGO、公益法人、中間支援組織、政府や大学、社会貢献ボランティア等の、志ある有志が、今年は中国の名門 江南大学のキャンパスに集い密度の濃い交流を進めた。

社会が急速にグローバル化する中、民間の社会貢献活動も、国内での取組みのみで良しとせず、国際ベースでの取り組みが一層求められてきている。
アジア域における先進国である日中韓3ヵ国の市民社会が抱える課題は共通したもの多々あり、国境を超えて情報共有・教えあい学びあうべき事項は数多く、そうした取組みにより期待できる成果も大きい。
しかしながら、地理的、人種的に最も近しい隣人である東アジア3ヵ国は、心情・文化的シンパシーのある一方、永年の経緯に由来する歴史的な、また政治的な面からの隔たりもあり、正直、国政レベルで恩讐を超えて急速に協働化することは難しい状況にある。

こうしたジレンマ打開への“解”の一つは、国ベースでの制約に拘束される国政の限界を超えて、市民社会の課題に自由に取り組むことができる市民レベルでの社会貢献活動交流の展開である。

この会議は、こうした考えを3ヵ国の市民社会活動で共有し、各々の取組みを高度化することを目的として、これまで、「市民社会交流の意義・役割」「市民社会ボランティアリズム力量形成」「企業ボランティアの活動」「企業の社会的責任」「市民社会とソーシャルイノベーション」「災害被災地における地域再生」「地方再生・過疎化対策」等について参加者で語り合い、その成果を各々の国の市民社会にフィードバックしてきた。

民間市民社会貢献活動は「公の限界や間隙、また進むべき先端を意欲的に担い、公の社会政策の展開を先導する」役割も持っている。
「着眼大局 着手小局」、この事業を持って、国ベースの3ヵ国市民社会の関係改善を語るには極めて小さな事業活動ではあるものの気宇は壮大、気概は大きい。

本事業は継続9年目に至り、3ヵ国に亘るこの小さな炎は今年も元気よく燃え続けている。
次回、2019年秋は創設10周年、3ヵ国の市民社会活動家は、開催予定の日本での再会を誓い合った。
本フォーラムは、志ある団体・有志への自由参加オープンフォーラムである。
公益法人協会が事務局を担うこの小さな炎を、3ヵ国の市民社会の強力な連携の導火線と為すためにも次回の日本でのフォーラム開催の成功と、こうした取組みに共感を持つ小欄読者諸氏・諸組織の積極的な参画を大いに期待したい。

2018年10月


収支相償という言葉

鈴木勝治((公財)公益法人協会 副理事長)

1.周知の通り、公益認定法第14条は、「公益法人は、その公益目的事業を行うに当たり、当該公益目的事業の実施に要する適正な費用を償う額を超える収入を得てはならない。」と規定している。
第14条の法律の見出しは「公益目的事業の収入」とされているが、それにも拘らずいつの間にか行政庁、はこれを「収支相償」の原則とよんで、これが現在完全に流布している。

2.立法段階においてこの条文案を示されたときは、私は正直全くの仮案かと思った。何故なら改正前の民法法人においては、一定の利益が許容されていたにも拘らず、この条文ではそれは一切許されないようにみえるからである。
したがって当時、公益法人界はあげて、このような条文の不当を訴え、せめて「原則として」といった文言を入れ、例外の規定を政令等で入れることを要望したが、結局原文のまま法律となった。

3.しかも追い打ちをかけるかのように、立法担当者による『一問一答 公益法人関連三法』(2006年、商事法務)の解説では、「(実費弁償)を認定基準として設けることとしたものである。」としている。
さらには、公益認定等ガイドラインにおいては、「5.認定法第5条6号、第14条関係(公益目的事業の収入)」において、法律上の根拠がないにも拘らず、その(3)で判定方法について第一段階、第二段階というものを勝手に設けて判断するとしている。

4.「収支相償」として説明されている公益認定法第14条については、①法人が生存していくためには、それ相応の利益が事業収入に伴ってなければ、生存力を維持できないことはいうまでもないことであり、②公益認定法第1条では、この法律の目的を「公益の増進及び活力ある社会の実現に資することを目的とする。」としており、この目的を達成するためには、法人サイドにおいて、その原資としてその事業に係る収益や寄附金等がなければならない。

5.「収支相償」という言葉だけについても、大いなる疑問がある。当時この古色蒼然たる言葉に意味がよく分からず、使用例も私の調べた限りにおいては1~2件しか見つからなかった。
一つは、日本開発銀行(現日本政策投資銀行)の旧定款第19条第1項であり、「(資金調達コストである―筆者注)政府の貸付金の利子、付属諸費及び資産の運用損失を償うに足るように、銀行の貸付利率又は債務の保証料率を勘案して定めるものとする」と規定されている(その他の例は地方公営企業等金融機構の例があるくらいなので省略する)。
そして開銀の方々はこれを収支相償と称している(例えば、2005年1月、大瀧雅之「クラブ財としての公的金融と民営化」問題、②『金融辞典』(1994年、東洋経済新報社)のP375~P376、加藤孝造「日本開発銀行」の項。因みに加藤氏の解説では、日本開発銀行について、「貸付金利は収支相償の原則に基づき、原資コスト及び事業運営上の諸コストを償うに足りるように、民間の金利を基準に定められている。」としている)。

6.以上みたように、「収支相償」という言葉は、事業収益に一定額を認めようとする考え方であり、上記3の実費弁償のように、収入がそれに関連する事業を超えない(ないしは同等)という考え方とはベクトルの方向が異なるのである。

従って個人的には、「収支相償」という言葉を使うとするならば、公益認定法第14条を改め(廃止を含む)、本来の姿とすべき、と考える(なお、以上の行論においては税制の扱いが平成20年度の改正で変ったことを公益認定法第14条の規定の根拠とする考え方があるが、これについて今回は採りあげない)。

2018年9月


SDGs達成に向けて:公益法人への期待

黒田かをり((一財)一般財団法人CSOネットワーク理事・事務局長)

持続可能性(サステナビリティ)は、21世紀の国際社会にとっての最重要共通課題である。
気候変動や生物多様性の喪失、貧困、格差、食料問題、ジェンダー不平等、紛争、テロに関連する人道危機など、あらゆる地球規模課題が相互に連関しながら深刻化しており、このままでは社会の持続可能性が脅かされてしまう。
このように、SDGs策定の背景にあるのは「続かない社会」への強い危機感であった。
 
SDGsの特徴は、持続可能性の三要素である環境・社会・経済に統合的に対応すること、すべての国を対象とする普遍的かつ野心的な目標であること、またあらゆるステークホルダー(政府、国連機関、企業、市民社会など)のパートナーシップを必要とすること、などである。
そしてSDGsは、採択時のすべての国連加盟国の首脳による「誰一人取り残さない」という強い決意とともに、すべての人々の人権の実現、ジェンダー平等とすべての女性と女の子のエンパワーメントを達成することを目指している。
 
日本においても、SDGsは少しずつ広がりを見せている。
政府は総理大臣を本部長にSDGs推進本部を立ち上げ、内閣府地方創生推進事務局はSDGs未来都市に29の自治体を選定した。
選定されていない自治体もSDGsに取り組み始める動きが活発になっている。
セクターの中で一番関心が高いのは大企業であろう。
最近の調査では、上場企業の8割以上がSDGsを知っており、6割を超える企業がすでに取組みを開始または検討していると回答している*。
また、協同組合は国際的にも国内的にも積極的にSDGsに取り組んでいる。
学校もあらゆるレベルで持続可能性や環境問題に取り組むところが増えている。
特に若い世代は、世界的にもSDGsとは関係なしに、社会や環境への関心が高いと言われている。
 
では、非営利セクターはどうであろうか。NPOの一部は、SDGsの策定にも積極的に関与したが、関心はまだそれほど高くないという印象を受ける。
SDGsが誕生するずっと前から、社会性の高い活動をミッションとして掲げ、持続可能な社会づくりに貢献することに「本業」で取り組んできたからであろう。
一方で、持続可能性に多くのセクターが関心を持ち始めるなかで、その存在感が十分に示せていないのも事実である。
殊更にSDGsにこだわる必要はないのかもしれないが、SDGsが格納されている「我々の世界を変革する? 持続可能な開発に関する2030アジェンダ」には、いくつもの重要なことが書かれているので、まずは公益法人の皆様にも読んでいただきたい。
 
実際、公益法人の公益目的事業や特定非営利活動法人の活動に列挙されている分野は、直接的または間接的にSDGsに関連しているが、特定の事業だけに特化するあまり「サイロ化」が進んでしまうことも時に指摘される。
そうならないためにも、既存の事業や取組みを「課題間のつながり」や「経済・社会・環境への統合的な対応」「包摂性」「多様性」、横断的な「ジェンダー平等」などSDGsの理念や考え方に沿って見直しや整理をすることは意味があると思うし、課題解決のために他セクターと積極的に連携することも重要であろう。
 
海外では複数の助成財団や国連開発計画などが、SDGsフィランソロピー・プラットフォームを立ち上げ、支援が届きにくい国やテーマを中心に共同支援を始めた。
そういう取組みも参考になるのではないか。
 
持続可能な未来の実現に向けては、牽引役ととともに、多様なセクター間のパートナーシップ構築におけるリード役を是非担っていただきたいと思う。
公益法人をはじめ、非営利セクターの役割は大きいのである。

 *「第3回機関投資家のスチュワードシップ活動に関する上場企業向けアンケート集計結果」
   (年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)2018.4)